歌うことの本質

あなたはなぜ「歌うこと」を習うのでしょう?
わざわざ教室に通って勉強することと、自分でカラオケで歌うことは、いったい何が違うのでしょうか?

歌うことを習うとは、歌うことの本質に気づくことです。
では、歌うことの本質って何でしょう?

目次

■ 歌いたい!という「衝動」

私は、歌うことの本質とは、歌いたい!という「衝動」だと思っています。
衝動とは、突き動かすもの、またその心の動きです。内側から流出する感情、〇〇したい!と行動を促す心の動きとも表現できるでしょう。

「歌いたいという衝動は生来のものであり、歌うことは人間の属性」(※1)

「歌うこと―歌う行為それ自体―は常に本源的には感情の流出なのだ」(※2)

そう伝えるのは、発声研究者のフースラー先生です。著書『Singen 』(うたうこと) で指摘されています。

私は、レッスンでも度々『Singen 』の内容を紹介します。歌うこと、声を使って表現することの本質がよく書かれているからです。

『Singen 』では、歌うことを歌いたい!という「衝動」が発声器官を通して流出している状態だと説明しています。回りくどい表現なので、簡単に説明するとこういうことです。

  • 私たち人間には、歌いたい!という「衝動」―本源的な感情の流出 (※2) がある(そういう生き物)
  • この衝動を肉体を通して「」に変換するには発声器官が必要である
  • ①+②=「歌うこと」である!

なんでここまでして「歌うこと」について分解したかというと?

歌うためには、まずは歌いたい!こんなふうに声を出して表現したい!と突き動かされる気持ち心の動き、内側から外側に向かう一種のエネルギーが、自分の中にあることが大前提なんです。
またこれらのエネルギーを外に流してやるためには、エネルギーを「声」に変換する発声器官が必要です。

だけど、思うように声が出ないときってありますよね。喉自体に疾患・障害があるわけでもなく、歌いたいのに、思うように歌えない。

そういうときは、ボイストレーニング発声器官強化し、再活性化すると改善されるよ!とフースラー先生は伝えます。(※3)

実はボイストレーニングとは、発声器官を強化し、再活性化するために行うものなのです。
ここの理解はすごく大切!私は、ここのポイントを押さえた上でトレーニングに臨むことを生徒さまに強く勧めています。

■ 声を訓練することは、再生の過程

現代人は発声器官が貧弱だと言われています。(※4) 本来、喉のなかの筋肉には、もっともっとパワーがあるのです。
それが歌うこと(感情より、話すこと(思考が多くなっている現代では、私たちの喉の筋肉は動きがよくなく、神経支配が悪い状態なんです。(この辺のお話も後日ご紹介したいと思います)

神経支配が悪くなっている状態を、フースラー先生は喉が「開放」されていない声と表現されています。

逆に言えば、「よい」声とは「開放されて」いる声なんです。
しかし現代の私たちの声は、神経支配がよくないために抑止された声となっているのです。

ボイストレーニングは、喉を開放して、自由に解き放すために、発声器官を強化し、再活性化するトレーニングです。

ですから、ただ感情を流出させるだけのカラオケでは、声を「よく」することはない(あまり意味はない)と言えるでしょう。
発声器官を強化し、再活性化するトレーニングをしていないのですから。
むしろ叫び声を出して、喉のなかを硬直させる危険さえあります。

声を訓練することは、再生の過程である。(※5)

動きの悪い筋肉を、動け~!動け~!と動かそうとすると、そこに神経が通います。
ボイストレーニングにおいて、正しいフォームで特定の音色を何度も反復して発声するのには、ちゃんと意味があるのですね。

初学者ばかりでなく、プロの歌手・声優・俳優もボイストレーニングに通うのは、日々のメンテナンスでもあります。
人間の喉は、使いすぎや病気等をきっかけにバランスを崩すことがあるのです。
少し前にレッスンに来てくれた生徒さまも、原因を遡れば、声が出なくなったのはご病気がきっかけでした。

こういうふうに表現したい!その想いを実現したいなら、発声器官のメンテナンスが必須というわけです。
器があって初めて水を注げる。いや~ボイストレーニングって、本当に奥が深い!(笑)

■ カギを開けて、衝動を呼び起こす

ところで、私は過去に音楽ボランティアで、とある有名な劇団の女優さんとご一緒したことがあります。25~26歳とお若い方でした。
ものすごく声が出る人でしたが、不思議と不気味さを感じたのを覚えています。

というのは、どんな素人でも「あの人のはこんな声」と思い出せるのに、その女優さんの声は、帰ってから1ミリも思い出せなかったのです。

そのことを当時の声楽の先生に話したら、笑いながらご自身の胸を叩いてこう答えました。

「それはね、ここ(ハート)がないの」

衝撃的でした。ハートがないのに歌えるんだ!?と。

ミュージカルやオペラ、また若い時から商用の品質を求められる声優さんのお声に、不自然なキレイさを感じたことがありませんか?
喉を十分に開放していく前から、最初から用意された「キレイ」の鋳型に声をギュッと押し込めているような感じ。
たま~に、人間本来の声のよさ、自然本来の成分がなくなってしまっている奇妙さを感じる声に出会うたび、あのときの女優さんを思い出すのです。

フースラー先生は、ボイストレーニングとは治療みたいなものだから、発声器官の筋肉の性質をよく理解すれば、因習的な行儀作法や形式的なレッスンは、自然に背を向けたやり方だと伝えます。抑止されて、返って「よい」声が出なくなると。(※6)

音符が生まれる以前から「声」はあったわけですから、あまりにも形式ばった音楽レッスンや、抑圧された環境は、人間の喉には負担なのですね。
まずは声が出る喜びを経験!芸術云々のお話は、それからでも遅くない。

そう考えてみてもやっぱり、歌うことの本質って「衝動」なのですね。

あなたはどんなふうに「衝動」を呼び起こしていますか?

今日からできることは、まず第一に、自分で自分の喉にカギをかけないこと。またカギをかけるような行動自体をしないこと(誤ったトレーニング、ストレス、抑圧された環境 etc.)

思いどおりに歌えない不満は、ボイストレーニングで解消するのが健全です。
不満を自分の内側にぶつけないように注意しましょう。やがては心が壊れて、自律神経も乱れ、歌うことに適切な感情が乱れてしまいます。すると「衝動」も引っ込んでしまいます。

「声」を学ぶこと、「歌うこと」を習うことは、大自然の法則に敬意を払うこと。私たち人間を大きな視点から理解することも大事だと、私は思っています。

そんな私がどのように「衝動」を引き出しているかといえば?
好きなことをすること、NOをちゃんと言うこと、自分自身が楽しみに「声」の勉強をすることです。

《引用元》『フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド=マーリング 著   須永義雄/大熊文子 訳『うたうこと 発声器官の肉体的特質―歌声のひみつを解くかぎ―』音楽之友社 (2019年)
※1 9頁3行目~4行目
※2 18頁14行目
※3 10頁10行目~13行目
※4 9頁14行目~15行目
※5 10頁10行目
※6 11頁11行目~17行目

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