想いを「声」に変換する
声を出すのがもっと楽しくなる!ボイストレーニングのヒント。前回のブログでお話させていただいたテーマは「歌うことの本質」でした。今回のテーマは、『想いを「声」に変換する』です。歌うことの本質をさらに噛み砕いて、優しい表現でお話します。
目次
■ 歌うとは、歌いたい「衝動」が発声器官で「声」に変換されること
前回のブログ「歌うことの本質」で私は、発声研究者のフレデリック・フースラー先生の「歌いたいという衝動は生来のものであり、歌うことは人間の属性」(※1)という言葉を紹介しながら、歌うという現象は、歌いたい!という「衝動」が発声器官を通して「声」に変換されることだと伝えました。
まずは歌いたい!こんなふうに声を出して表現したい!というと突き動かされる気持ち、心の動き、内側から外側に向かう一種のエネルギーが自分の中にある。そしてそれらの「衝動」を外に向かって表現するには、想いを「声」に変換する発声器官(のど)が必要だよね!というお話です。
①こんなふうに表現したい!エネルギー・心の動き(=衝動)
②エネルギーを「声」に変換するための発声器官
しかし不思議なことに、私たちは「理想の声」を思うように表現できないのです。喉自体に疾患・障害があるわけでもないのに。上記の原理に従えば、歌いたい!という「衝動」と発声器官があれば歌えるはずのに!どうしてなのでしょう?
■ 100キロのバーベルを持ち上げようと思ったら?
歌や発声を学びたいと思っているあなたは、こういうふうに歌いたい!という「理想の声」をお持ちです。しかしその「理想の声」は、思うように実現できません。どうして上手くいかないのか?自分なりにすごく悩んでいます。
さてここで問題です。
もしもあなたが、100キロのバーベルを持ち上げようと思ったら、何をするのがよいと思いますか?
バーベルは、持ち上げたい!という「想い」だけで持ち上がるでしょうか?普通は、100キロを持ち上げられるだけの筋力・体力・技術・知識を付けようとしませんか?
「声」も同じです。理想の声を出すための筋力・体力・技術・知識が必要です。すなわち、発声器官のトレーニングや生理学・解剖学などの発声知識です。
前回のブログでも伝えましたが、ボイストレーニングとは、人間が本来持つ「よい」声が出る機能を最大限に引き出すために、発声器官を強化し、機能回復、または再活性化するトレーニングです。動きの悪い筋肉を動かして、反射をよくして、本来持つ力を最大限まで引き出してあげる。固まっているところ、ゆるんでしまっているところ、丁寧に見てメンテナンスしていく。そうすることで、喉のなかが解き放たれ、開放されていく―
ボイストレーニングを勉強する上で、ここを理解しているのといないとでは違います。人は「WHY」に突き動かされると言われています。先生から言われたことを言われるままに、ただ声を出すだけでは、目的もなくプラプラ走っているようなものです。気ままで楽しい旅かもしれませんが、ダラダラしそうですよね。
ボイストレーニングという旅を楽しむなら、目的を持って情熱的に謳歌してみましょう!そういう旅は、自分の人生を自分ででどうにかする「力」が付きます。本当の意味での自由があります。清々しくて、感動的ですよね。
■ 眠れる「衝動」
私には、2人の先生に就いて声楽を勉強していた時期があります。2人目の先生に就いた最初のレッスンです。私の歌声のピッチがぶれないこと、中音域が特に安定して出ることを指摘し、先生がこう呟かれたのが印象的でした。
「もしかして、いちばん最初に教えてくれていた先生がすごくよかったんじゃない?」
そう言われて振り返ると、いちばん最初、つまり1人目の先生は、60分のレッスンのうち30分は、毎回必ず発声をしていたことに気づきました。
またこんな思い出もあるんです。いつものように1人目の先生のレッスンで歌っていたときです。あの日は「Caro mio ben」を歌っていました。なかなか卒業できなくて、半年近くこの曲を歌っていたんです。とうとう今日でこの曲も卒業というとき。ふと先生が腑に落ちたような落ち着いた表情になると、目を見開きました。そして歌が終わると私にこう伝えたのです。
「あなたは、こういうふうに表現しようというものをお持ちです。それはすごくよいことです」
あの時、あの先生は、私の中に眠る「衝動」を見抜いたのだと思います。
私が声楽を学び始めたのは24歳。なんと18年もの時を経て今、あの日のレッスンの奥深さを知り、点と点が繋がり一本の太い線となったのでした。
想いを「声」に変換するために。今日も楽しみに「声」と向き合います。
※1『フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド=マーリング 著 須永義雄/大熊文子 訳『うたうこと 発声器官の肉体的特質―歌声のひみつを解くかぎ―』音楽之友社 9頁3行目~4行目
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