歌声のボイトレと話し声のボイトレは違う?←同じです!!

こんにちは!ボイストレーナーのなかむら詩子です。

突然ですが・・・

  • 歌声のボイストレーニング
  • 話し声のボイストレーニング

この2つの"ボイストレーニング"は、違うと思っていませんか?

答えは【同じ】です。

しかし実際は、違うと勘違いされている方が非常に多いです。

今回は、歌うことと、話すことの"ボイストレーニング"が同じである理由を解説させていただきます。どうぞ最後までお読みいただければと思います。

01声音と語音

声音

そもそも"ボイストレーニング"とは、声の土台とも呼べる声音(声そのもの)の質を「よく」するトレーニングです。

まずはどうぞ下のイラストをご覧ください。

私たちの声の土台ともなっている声音は、言葉を覚える前の赤ちゃんが、オギャア!!と泣くような音色です。ああ~と深く吐く溜め息、咳払いなどもそうですね。

いわば、原始的な母音ともいえる声の"音"そのものであり、言葉を覚える以前から、私たちが出すことのできる音色です。

歌声はこの声質を使っています。

語音

一方、語音という音色があります。簡単にいうと話し声です。これは、

声の土台である声音が、共鳴腔のいろんな運動によって「変化」を加えらえれた音です。

私たちは、言葉を覚える以前から、声そのものを出すことはできるのですが、言葉を話すために、言葉の"音"をわざわざ作り出したというわけです。

  • 「おはよう」という"音"
  • 「Good morning」という"音"
  • 「Buongiorno」という"音"
  • 「早上好」という"音"

語音は、声音を土台に"変化を加えた声"というわけです。

02言葉づくりによって「声音」は開発できない

もう一度、イラストを見てみましょう。

声音一次的な音。語音二次的な音です。

まずは声があり、その次に言葉があります。これはまさに、言葉づくりによって、声の土台は開発できないことを示しています。

ですから、歌声でも話し声でも、声の質を「よく」するのなら"ボイストレーニング"なのです。そしてその内容も、何ら変わらないというわけです。

変わるとしたら、それはボイストレーニングではなく、話法、芝居、ボーカルトレーニングなどと混同されているのではないかな?と思われます。

一度、話し声を「よく」したいというがレッスンにいらして、別に歌をやりたいわけじゃないんですよね~と呟かれたのですが、まさに混同し、勘違いされている典型的な例だなと思いました。

喋っているだけじゃ【声】は開発されません。

そういう方は、まずは混同し、勘違いしている点をクリアにすることから始めないといけません。これが結構、骨が折れる作業なので、私はこうしてブログで啓蒙活動しているわけです。

回り道をして時間もお金も無駄にしないためにも、ボイストレーニングは技術ばかりでなく、知識も身に付けましょう。

03声の土台が弱いのはなぜ?

歌声でも、話し声でも、「声が出ない」のは声の土台が弱いからです。

ではなぜ弱いのか?毎日こんなに喋っているのに不思議ですよね。

声音と語音を「家」に例えて説明すると、

二階ばかりを頻繁に使って、一階をほどんど使わなくなったから

です。

人間のからだは、使わないと"使い方"を忘れていってしまいます。使われなくなっていった一階の筋肉が、萎縮してしまったのです。

それと、人間らしい表現を楽しむよりも、モラルを守ったり、行儀のよさが求められるようになったことも萎縮の原因です。

大きな声での感情表現を"はしたない"とみなしたり、男性は太い声、女性は高くてか弱い声といった考え方も、私たち声を抑圧し、声の土台を使わなくさせます。

いっぱい笑って、いっぱい声を出してくださいね。私たちボイストレーナーは、むしろ日々の抑圧をボイストレーニングによって、解放させることが仕事です。

私もレッスンでは、稽古は真剣に行いますが、いっぱい笑っています。

以上が、歌うことと話すことの"ボイストレーニング"は同じという理由です。

ちなみに、話法を覚えたい、芝居を覚えたいというなら、ボイストレーニング教室ではなく、まずは専門学校を探してみるとよろしいかと思われます。

最後に、あなたのボイトレライフが今よりもっと充実しますように!

参考文献
フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド=マーリング 著   須永義雄/大熊文子 訳『うたうこと 発声器官の肉体的特質―歌声のひみつを解くかぎ―』音楽之友社 (2019年)10頁14行目~11頁25行目、122頁21行目~124頁3行目

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